WAKUWAKU入学応援給付金へ寄付を行ないました

共同贈与コミュニティ「新しい贈与論」は、WAKUWAKU入学応援給付金に対し72.5万円の寄付を行ないました。

新しい贈与論では毎月会員の投票により決定される寄付である共同贈与を行なっています。2022年4月は「水」をテーマに推薦を募集し、「流域治水を核とした復興を起点とする持続社会 地域共創拠点」「WAKUWAKU入学応援給付金」「water.org」の3候補があがり、高野冬馬さん、丸山央里絵さんの推薦したWAKUWAKU入学応援給付金が最多票を得ました。

推薦文は以下の通りです。

「社会の水の流れにくいところへ」

この社会を大きな水脈になぞらえるのならば、その末端には細く入り組んで、なかなか水が流れてはゆかない場所がある。毛細血管の先端に血が巡りにくいように、水の流れが行き届かなくなるようなところにこそ、水は必要ではないか。

今回、ろ組の私たちが贈与先として推すのは、「さまざまな事情で経済的に苦しい思いをしている家庭の中で、進学を迎えた子どもたちを支援する」プロジェクトです。

具体的には、この春、小中学校と高校に入学した新入学生のいる家庭に給付金を届けて、制服やカバン、ランドセル、辞書などの購入を手助けする支援プロジェクトです。

最近は都立高校でもタブレットを家庭で用意しなくてはならないといいます。一億総中流社会の名残もあるのでしょうか。親は学費だけではなく、さまざまな学校指定の道具を購入するお金を工面しなくてはなりません。

新しい学校への入学にあたって、もし必要なものが準備できずに、そのために晴れやかな気持ちになれない子どもたちがいるとするならば、それはその子の人生にショックな出来事として記憶されるだろうと思います。引け目から学校でその能力を十分に発揮できなくなるかもしれません。

だからこそ、新入学のタイミングを見て見ぬふりをしてやり過ごすことはできないと考えた人たちがいます。すでにこの春、その支援団体は適切な審査を行い、145世帯に給付金を直接、家庭に手渡しています。けれども団体によれば、企業や個人から集まる寄付は給付した額にまだ足りず、今は団体の持ち出し状態になっているのだそうです。

そこで、今回の新しい贈与論の寄付をそこにぜひ充てられないかと考えました。

過去に給付を受けた親御さんのコメントを紹介します。

「三男は勉学が苦手で、都立校への進学は難しく、私立でも支援制度で授業料が軽減されると知りそちらに進学することにしました。とはいえ、入校時の物品購入出費は予想以上で、給付金はとてもありがたかったです。

学校では冬のコートは希望者のみに販売するとしながらも、学校指定のコート以外は着用不可とのことでした。給付金が無ければ買わない選択をしなければいけなかったかもしれません。(中略)つらい思いもさせましたが、少しずつ成長していく息子たちの姿が、親としてとても嬉しいです。」

このプロジェクトから生まれた水脈は給付後も続きます。支援をきっかけに、地域とつながり、人と人との交流が生まれ、困った時には頼ってくれるようにもなります。それは、「全国」ではなく、「東京都豊島区」というニッチで活動を行うことの可能性です。

善意や贈与がもし“水”だとしたら、そのまま放っておいては干上がってしまうかもしれない、私たちの社会をめぐる水脈が十分に行き届いていないところに注ぎたいと考えました。

「水はまた新たに湧くと信じて」

次に視点を変えて、別様の持続可能性 ーニッチで、半人格的で、コレクティブなものー の観点からもお伝えします。

今回、ろ組で候補を検討をしていた際、「この国では贈与先を考えるときに、その組織自体の持続可能性を必要以上に気にしている気がする。いつか水が尽きるところに水を与えても意味がないというような意識を感じる」、「資本主義的な考えにより、誰にでもわかる成果やコスパに私たちが囚われすぎているのではないだろうか」、というような話が出ました。

私たちが組織の持続可能性を考える時、大抵の場合、「経営=お金」の持続可能性が論じられます。たしかにここで配られる現金は、消費財に消え、組織に還元されることはありません。しかし、支援を受けた親子の中には、団体の他の支援の場にも顔を出してくれるようになったり、自分も支援する側になれるようにと学びを始めたりする方もいるそうです。この現象は、別様の持続可能性への重要な示唆を与えてくれるものではないでしょうか。

本プロジェクトの支援の特徴は、すべての寄付を「手渡し」で行なっていることにあります。お困りごとを聞き、内容次第でお金以外のリソース提供も行うためだそうです。

行政による税金の再分配も、市場における交換も、非人格的な営みとして行われています。しかしここでの「寄付金+手渡し」という半人格的な支援は、お金以外のケアまでを提供すること、そしてケアを受けた当人がいずれケアを行う担い手となる、“地域”と“人”との持続可能性までを有しています。

さらに、この支援の最も大きな可能性は、持続可能性を一つの組織から、ネットワークのものへと変容しうることだと思います。たとえこの支援団体が直近に存在しなくなったとしても、支援を受けた子どもたちはこれからも成長して、そこからまた新たな水はこんこんと湧き出てきます。支援団体に顔を出してくれる人はもちろん、組織とは直接関係ない場所で、別の文脈で水脈をつないでいる人もいるかもしれません。その世界の豊穣さを信じられるかどうかは寄付者に問われています。

地域のNPOが担う、細い水脈に水を行き渡らせる責任(responsibility)を果たすためにはきっと、太い水脈に住む第三者に対しての「説明する能力(accountability)」ではなく、目の前の人の声に「応答する能力(response-ability)」が必要です。

認定NPOとしての自分たちの組織の収益や後先を考えるよりもまず、今この瞬間、そこに必要があるから支援に動いた。お金の工面は後から考える。その差し出すおせっかいの手のためらいのなさも、私たちがこのプロジェクトと支援団体を推薦する理由です。

投票にあたり会員よりあがった理由の一部を抜粋し紹介いたします。

  • 「寄付を手渡しで行なっている」という部分と「水はまた新たに湧くと信じて」という考えの部分が最も響きました。豊島区限定の活動であることに、はじめ少し躊躇しましたが、逆にいえば限定した活動だからこそ、推薦してみて良いかとおもうようになりました。個人的には、贈与や寄付について考える事も多くなり、その結果として「選択の自由」と「ギブンコンディション」のバランスについて考える様になりました。(福原寛重)

  • WAKUWAKUに関して、すべてのこどもの学ぶ権利を、地域にとって持続可能になる仕組みで支える取り組みだと思いました。毎年新入生毎に新しく買い替えられる学用品はものによっては一回しか使われず捨てられるものもあり、特定の地域の取り組みが実は、地球にとっても優しいプロジェクトなのではないかと感じました。WAKUWAKU。湧く湧く。こどもの笑顔や学び、ひととひととのつながり、環境意識…いろんなものが水のように湧いてくることを期待できます。応援しています!私のすんでいる地域でもほしーい!(宮崎あおな)

  • 贈与を水と考えるアプローチが素敵だと思いました。水に対して寄付するのではなく、自分たちが水になるということですね。循環を意識しつつ、長いスパンで寄付を考えたいと思います。さいきん池袋の近くに引っ越したことも決めての一つでした。(伊藤亜紗)

  • 乾き(渇き)、という身体性と強く結びついた推薦文に惹かれました。人の生死に関わるわけではない、それだけに水が行き届きにくい部分について考えさせられました。(加藤めぐみ)

  • 水というテーマが子どもたちへの支援につながっていく推薦プロセスに共感しました。入学という学びの源流ともなるタイミングへの支援と実直な印象のホームページに共感しました。(阿曽祐子)

  • 寄附先それ自身の活動を支援するとともに、寄附先から支給を受ける子どもたちや親へと寄附の力が繋がっていくことを信じる推薦文に共感してWAKUWAKUを選びました。(朝野椋太)

  • 「新しい学校への入学にあたって、もし必要なものが準備できずに、そのために晴れやかな気持ちになれない子どもたちがいるとするならば、それはその子の人生にショックな出来事として記憶されるだろうと思います。」この一文が胸に刺さりました。晴れやかな気持ちで子どもたちが過ごせるといいなあという想いで一票を投じます。(中西晶大)

  • かなり迷いましたがこちらにしました。生活の困窮を気にせず進学できる、させられる世界になって欲しいなと強く思います。(三上遼)

  • 「善意や贈与がもし“水”だとしたら、そのまま放っておいては干上がってしまうかもしれない、私たちの社会をめぐる水脈が十分に行き届いていないところに注ぎたい」この一文に共感しました。第一希望の団体のカバー範囲は広くありませんが、持続可能性に目を向けているところが素敵だと思いました。ぜひ支援を受けられる方々の未来が明るいものであることを願います。(白川みちる)

  • ニッチなエリアでしっかりと顔の見える困りごとに対して向き合われている団体を応援させてください。以前の推薦枠の中に本団体が運営されている池袋プレイパークも紹介されていたことをきっかけに実際に足を運んでみてさまざまな工夫がなされておりました。こういった草の根の動きから、新たな一歩が生まれると思います。(海野慧)

  • WAKUWAKUに投票いたします。給付1万円、給付にあたって、手渡しを通じて包括支援のきっかけを作っている点の、バランスの良さが素晴らしいと思いました。中学・高校に入学すると制服一式だけで10万円近くかかることも珍しくありません。その金額感からすると、1万円程度というのは小額と言えますが、その分少ない運営費で多くの方との接点を作ることができます。他方、給付金を必要とされる方にとっても、国や自治体ではなく相談できるのは生活上の困難解決への糸口になるように思いました。(河原塚有希彦)

  • つい最近、都立高校の授業を見学する機会がありました。授業の中で、当たり前のように私物のスマホが使われ、もうすぐ各家庭でタブレットの準備が必須になるという話にモヤモヤした思いで帰ってきました。どのような社会システムにも、その前提から漏れ落ちる「想定外」の人達が存在します。今回の寄付が、彼らにいたる水の流れを、厚く、あたかくするものとなることを願います。(吉見新)

  • 「たまたまその地域に住んでいるから」「たまたまその人目の前に現れたから」というような偶然によっておかれた環境における贈与に加えて、それらの当事者から離れたところからの贈与が認められてもいいと思い、新しい贈与論を通じてその地域から少し離れた人からのゆるやかな交流から、いっときの同情を超えた繋がりが生まれたらいいなと思いました。(古川哲)

  • 子供の教育ほど重要な投資はないと思っていますが、そのテーマのなかで、 使途と効果がわかりやすいプロジェクトだなと思いました。 特定地域の団体ですが、この活動で実際に助かる人がいて、 その気持ちが繋がっていく可能性には、 特定地域だからこそのリアリティがあって、応援したい気持ちになります。(中村雅之)

  • 渡されたばかりのランドセルの匂いと手触りを思い出しながらWAKUWAKUとします。(本間盛行)

 新しい贈与論は今後も共同贈与という形の寄付を毎月続けて参ります。現在は新規会員も募集中ですので、ご興味ある方はトップページよりご確認ください。



運営

法人名     一般社団法人新しい贈与論
代表理事    桂大介
設立      2019年8月1日
ウェブサイト  https://theory.gift
連絡先     info@theory.gift
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 「新しい贈与論」は寄付や贈与についてみなで学び、実践してゆくコミュニティです。オンラインの交流をベースに、時折イベントや勉強会を開催します。個人主義や交換経済が蔓延り、人間や人間的関係がますます痩せ細ってゆく現代において、今一度、贈与という観点から社会について考え行動する場をつくりたいと思います。